葬式の手伝いをして改めて「生きろ」「死ぬな」と言いたい話

死なないで生きて欲しい

「うつうつこむ」をご覧いただきありがとうございます。

祖父が亡くなりまして、親族として色々と手伝いをしてきました。

このブログでは度々「生きろ」と言っているように「鬱々してても生きてりゃいいことあるかもよ」的なテーマで運営しております。(読者の方へ向けて書いてる部分の他に自分への言い聞かせという面、両面あります)

今回は葬儀の手伝いをして改めてその想いが強くなりました。

自分自身、今もしばしば生きるのが辛いと思うこともあります。しかし、「生きてりゃ何とかなるかなぁ」と考えるようにしていますし、読んでくださっている方にもそう思って頂きたく思っております。

葬儀の手伝いをした、遺された身内としての立場で僕が改めて「生きろ」「死ぬな」という考えに至ったかを書きたいと思います。

青臭いですし、今がしんどい方にとっては鬱陶しいかと思いますが、是非目を通して頂けたらと思います。

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遺される側は辛い

祖父は90過ぎで亡くなりました。平均寿命からしたら大往生…とまでいくのか分かりませんが、よく長生きしてくれました。

僕個人としては「今までありがとう」という気持ちはありますが、かなり長生きしてくれ、最後も眠るように亡くなったので何となく客観視しているというか…悲しみに暮れるという感じではありません。

しかし、やはり悲しい気持ちも多少はありますし、葬儀では泣いてしまいました。他の親族も同じく泣いていました。

 

家族・親族

亡くなる半年くらい前から入院をしており、ある程度覚悟していたところもあり、大往生だったのでみんな基本的には「今までありがとう」という感じではありました。

でもやはり祖母や母・叔母なんかは僕なんかよりも長いこと一緒に生きている訳ですから、とても悲しんでおりました。

母の涙を見るのはちょっと辛いものがありました。

祖父の兄弟姉妹なんかも結構悲しい様子でした。

僕も当然悲しかったです。

葬式の最後に棺を閉める際は人前で泣いてしまいました。

これが自分の両親や姉とかだったら多分大号泣どころじゃ済まないんだろうなぁと思いました。

遺される側って辛いですね。

「親より早く死ぬな」といいますが、一人でも悲しませる人を少なくするために、せめて親を見送ったあとに…と思いました。

独身だし長生きしたくないなぁ、しなくていいなぁとは思いつつも、僕が先だと親と姉が悲しみます。親の後であれば姉だけで済みます。姉の後であれば誰も悲しませず済みます。(まぁ厳密にはいとこや甥っ子もいますが、一人でも悲しむ人を減らした状態で…という気持ちです)

 

生前付き合いがあった弔問客

弔問に訪れて下さった方々はどういう気持ちだったのか分かりませんが、少なからず心のどこかには「寂しい」という気持ちがあったのではないでしょうか。

そして何より貴重な時間を使ってわざわざ弔問に来て下さるということ、遺された親族として感謝しなくてはなりません。

ご好意で足を運んで下さっているので申し訳ないと思う必要はないのでしょうが、貴重な時間を使って下さっているので…ね、僕個人としては多大な感謝と同時に多少の申し訳無さも感じました。

自分が死んだら家族葬でいいや、と僕は思っていますしそう思っている方も多いでしょう。

でも小さい規模であっても誰かしらの時間を奪うということは忘れないようにしたいと思いました。

 

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正直、めちゃくちゃ大変だし面倒くさい

今回の葬儀関係で事前の準備の手伝い、そして通夜葬式は受付や事務的なことを色々担当しました。

誰かがやらねばならないので仕方ないのですが、僕は元々葬儀に参加出来るかどうかすら危うい自分の体調を心配しなくてはならない状態。

そんな中、色々と仕事を振られ、言い方は悪いですが「めちゃくちゃ大変」「面倒くさい」と思う部分もありました。(最後のお別れなのにそんな言い方するのってどうなの?という感じですが、自分の心配をしつつ動くのは非常に大変でした…)

 

事前の準備

まずは祖母や両親などが葬儀屋との打ち合わせ等で色々と大変そうでした。

僕自身も祖父の思い出の品を探したり、棺に一緒に入れる祖父が好きだったものを買いに行ったり、弔問の方々が通夜や告別式の後に飲み食いするものを準備したりと結構動き回りました。

普段ひきこもりで家から半径500m外に出ると吐き気を催すような人間というのもあり、なかなか大変でした。しかしやらねばならないので…頓服を飲んだりして頑張りました。

各々最後のお別れを良いものにしようという思いで動いていたものの、やはり疲れたり大変だったり…。

死なずに生きる

 

当日の受付

葬儀当日は受付を担当しました。人と接することが極度に苦手で対人恐怖もあります。

一応頓服を飲みつつそれなりにこなしましたが、結構心身ともに消耗しましたね。

現在ニートの僕なんですが、そのことを知っている人は親と姉家族以外いません。働いている設定になっております。

受付が空いている時間帯なんかは親族や弔問客の方から「今何してるの?」などの質問が多々…かわすのが面倒でした。苦笑

受付の仕事自体もそんなこんなで大変だったり面倒なことも多かったのですが、式が終わったあとのちょっとした会食的なものでも常に気を張って…などなど、まぁただの愚痴みたいな感じですが。

「面倒」という言い方はちょっと言い方が悪いとは分かっていますが、僕は面倒と感じる部分もありました。

家族やいとこなどは面倒とは感じてはいなかったでしょうが、「大変」ではあったと思います。

葬儀ってそんなものだし当然ではあります。祖父を送るために皆が協力してちゃんとお別れするのは大事です。

自ら亡くなっても寿命を全うして亡くなっても人の命が亡くなり天国に送るというのには変わらないですが、自分が死んでしまった後に家族や身内が大変な思いをするということは忘れないでおこうと思いました。

 

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金がかかりまくる

今回祖父の葬儀は一般的なもの(葬儀屋で通夜告別式を行い弔問客を呼ぶもの)でした。家族葬なんかで小規模なものにすれば費用は抑えられますが、やはりお金はかかります。

 

葬儀費用はどれくらいか?

葬儀費用、大体想像はつくと思いますし葬儀屋のサイトなんかを見たらわかるとは思いますが、今回一般的な葬儀を行った祖父の場合を書いてみます。

ずばり、300万以上。

新聞のおくやみ広告、葬儀の場所代等諸々、戒名、などなど。

祖母が負担をする訳ですが、なかなかの金額だなぁと驚きました。

人の命って生まれるときから亡くなる時まで結局お金がかかるよなぁって思いました。お金の問題ではありませんが…普段貧乏生活を送っている僕としては300万はすごいなぁと驚くばかりでした。

 

 

誰かしらが負担をする

家族が生きていれば家族・親族、もし身寄りのない立場になっていれば(最近多いらしいですね)行政が。

僕は可能な限り金銭的な負担を掛けたくないしそもそも葬儀に呼ぶ友達もほぼいないので家族葬とか本当に小さいものでいいとは思っていますが…そもそも葬儀自体しなくても…なんて思ってもいますが、それであっても僕が亡くなったら体は誰かが処理する必要があり費用がかかる訳で。

そんな感じで誰かしらに負担をかけてしまうということは忘れないようにしたいです。

 

寿命を全うするのがベストなのかは分からないが生きる意味はある

冒頭でちょこっと触れましたが、このブログは「鬱々としてても生きる」ことが大事だと思っており読者の方へ向けて、また、自分自身に言い聞かせるつもりで書いています。

命というものについて他人がどうこう言う権利はないとは分かっていますが、今回葬儀を行い、遺族となって改めて「生きる」ということの大切さを知りましたし、遺された側の辛さや大変さを知ることが出来ました。

命を軽んじることはしちゃ駄目だなと、今はそう思っています。

当然今後辛いことがあったり持病の関係で「生きるのが辛い」と思うことも多々あると思います。

しかし遺された側の気持ちもよく身にしみて分かったので今回こうやって記事を書いているところがあります。

読んで下さった方にも何かしら伝わってくれたらいいなと思います。

今あなたが抱えてらっしゃる辛さや悩みは僕には分かりかねますし、とても大きいものかも知れません。

それでも僕は遺された立場を経験して改めて「生きろ」「死ぬな」とこのブログでは言い続けたいと思いました。

あなたに対しても、自分自身に対しても。

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